Landscape and Meteoroscape


それは「世界にひとつ」を探す旅 ———

■ 風景写真には2通りある。


1. 写真には3通りある。

風景写真を撮りたくて初めて一眼レフを買ったという方、最近なんの風景を撮ったらいいかも分からなくなってきたという方、こんにちは。もう『風景写真の撮りかた』検索はされましたか?

いまどきパソコンやケータイで検索すれば、優秀なプロのテクニックを調べられますよね。カメラやレンズ機材、設定方法から構図の取りかた、果ては光の当てかたに至るまでがまとまったウェブサイト、そして書籍群。とても役立ちますし、かくいう僕もよくお世話になります。ありがとうございます。

ただ、確かにそういったテクニックレシピ、その通りにすればキレイな写真も撮れるし、知らなければ勉強不足となじられるかも知れません。ですが、ここはいったん落ち着きましょう。なにごとも始めが肝心。

実はその技術なにがしは、「撮りかたのイロハ」でいえばロなんです。はじめの二歩め。その前段階として、なにを撮るか?という問題があるのです。

…そんなことは知ってる?

ま、そういわずちょっと見ていってください。損はさせませんよ!

というわけで、ここではそんな当たり前すぎてあまり省みられない、「風景」って一体なにを撮るのか?という話をしたいと思います。

そもそも、写真は被写体によって3通りに分けられるんです。

1つは人物や動物を写して、その表情や性格を観る「人物写真」。
2つめは主に静物の良さを引きだして、魅力を伝える「商品写真」。
3つめが、人や物の背景を含めたより大きな範囲を、遠方から切りとる「風景写真」。

そんな話初めて聞きました?…ですよね!

普通は雑誌の「エディトリアルフォト」、スポーツ新聞の「スポーツ写真」、網棚の「広告写真」、アラーキーな「アート写真」、結婚式場の「ウェディングフォト」、家族の記録「集合写真」、芸能アイドルの「宣材写真」、ジャーナリストの「報道写真」、膨大な量を誇る「カタログ写真」などなどといった、写真をどういった用途で使うかで分類することの方が多いと思います。

ではなぜ、被写体によって分類したいのか?

それは被写体だけが、撮る人自身で選びとれることだからです。

写真を撮るとなったとき、なにより先に周囲からの要請である用途を決めてしまってから、その範囲内で自分の好きな被写体を選んだり、その用途に適しているけれども、自分の好きではない被写体を選んでいくとどうでしょうか?

徐々に、なにを撮ったらいいか分からなくなってくるんですよね。(実体験)

そんなわけで、「写真の撮りかた」を検索する時は、まず最初に自分がなにを撮りたいのか強く意識しておくというのが、たいへん重要なことなのです。

2. 風景写真には2通りある。

メテオロスケープってなんだ?と思った方、風景写真を実際に撮っていきたいという方、こんにちは。ついでに風景写真の撮りかたを調べようと思ったら、なにか変なところへ迷い込んだヤバいぞと思った方、ここで間違いないのでご安心ください。

なぜなら、どんな種類のなにを撮ろうとしているかの理解こそが、「撮りかた」に直結するからなんです!

さて「1.写真は3通りある。」で写真を大雑把に3つに分類しました。人、物、風景です。そこでさらに、風景写真にグっと注目してご覧ください。…どうでしょうか、風景写真は2通りに分かれていることが、わかりますでしょうか?…え?見えない?

風景に分類なんかあるわけがない!というご意見ごもっともです。かくいう僕もそう思っていました。ところが、こと風景を切りとる「風景写真」に限れば大きく2通りに分かれています。用途も違うことが多い。

まずひとつは、その土地の表層をできるだけ精細に、写実的に伝える風景写真。
もうひとつが、その土地の様相を浮かびあがらせるため、抽象的に描く風景写真。です。

前者はランドスケープ・フォトグラフィー、いわゆる「風景写真」と呼ばれています。それに対して後者は?いまだ不明瞭な領域。出来損ないの嘘っぽい風景写真とか、アート写真?とか言われたりします。

そこで便宜上、ここでは『メテオロスケープ』・フォトグラフィーと呼ぶことにしました。ちなみにMeteorosとは、「天と地のあいだに於けるあらゆる現象」という意味のギリシャ語。寺田寅彦という明治の俳人による翻訳です。俳句との関連性から、引っ張りだしてきました。

両者の違いを例であげるなら、被写体に「自由の女神」だとか「ビッグベン」だとか「富士山」だとかのランドマークを選ぶと、ランドスケープ。対してその周辺の現象、鷹が飛んでいたり茄子がなっていたりする様子を切りとった場合は、『メテオロスケープ』です。

ランドマークになるようなモノは、その土地の固有物として長い年月が経過しています。するとそれを被写体として撮ることが、その写真に地名を書くことと、ほぼ同義になるんですね。だから具体的なように感じますし、見せ方もクッキリハッキリになっていきます。

逆にそこを外した時は、その写真がいったいどこなのか、キャプションがない限り分かりません。どこか抽象的な印象を受けますし、雰囲気重視でボケを多用したりします。

…話を戻しますね。

風景写真を実際に撮っていきたい貴方!そしてそうでない貴方!ではなにを撮りたいと思うでしょうか?写実的なランドスケープでしょうか?それとも抽象的なメテオロスケープでしょうか?

今のあなたのお気持ちは、

ドッチ!?

3. 『メテオロスケープ』は世界を再発見する。

『メテオロスケープ』をもっと知りたくなった方、風景写真の撮りかたがまったく分からなくなってきた方、こんにちは。ここからはもう少し詳しく、風景写真の分類についてみていきたいと思います。

まず「風景写真には2通りある。」という話を振り返ります。

ひとつは、その土地の表層をできるだけ精細に、写実的に伝える風景写真。ランドマークを被写体にするので、そのアイコンがなにを意味するか分かる人には、一目でその土地だと分かります。ランドスケープ。

もうひとつが、その土地の様相を浮かびあがらせるため、抽象的に描く風景写真。ランドマークを外して写すので、キャプションがなければどこを表しているのか分かりません。『メテオロスケープ』です。

僕がこの違いに気づき始めたキッカケは大学の卒業制作でした。

このご時世に留学にでていたのですが、話の流れで卒業制作をすることになったんですね。そこで卒業の証として、過去と現在の写真を対比するという…まあ、よくある発想の写真を撮ることにしました。英語で大変だったので、ちょっとだけ手抜きです。

なんだ、という方もいらっしゃるかも知れません。ですが、その中で意図していなかった違和感があったんです。2枚の画像を見比べていただくとその違いが分かるんですが、いかがですか?

同じシリーズとしてだすには、違和感を感じますよね!

その違和感の正体は、過去から現在まで一貫して変化のないランドマークを撮っている写真と、時代の変遷を明らかに再発見できるストリートの写真では、ニュアンスの違いがあったっていうことなんですよ!

…うーん、今いちピンときませんか?

ではもうちょっと巨視的にみてみます。

そもそも「風景写真」とは、開拓者達がその土地の特徴を本国に伝えるという用途から成立していったものです。つまりその土地のアイコンであるランドマークを撮る、ランドスケープ・フォトグラフィーが主だったわけです。しかし時代がすすむにつれて、徐々にそのランドマークは有名になり、開拓されていきます。そうするとどうなるか?

ああ、あそこね。知ってる知ってる…となります。

なのでこれはもう宿命ですよね。ランドスケープは代を重ねるごとに、人物写真の背景に収まるようになるか、商品写真として魅力を引きだす物になっていきます。家族の記念写真とか、観光のパンフレット。悪くはないんですが、それは「風景を主題とした写真」とは外れていくのです。

そんな喧騒を離れた一角に、モネやルノワールの風景画なんかで表現されている、風景の「趣味」というものがあります。それを写真で表現したいという人達も、洋の東西を問わずたくさんいます。

そういった風景写真はフォトグラファーの「趣味」を優先するので、被写体にランドマークがあまりでてきません。ですがそのフォトグラファーが見つけた、僕たちが今まで気づいていなかった世界を見せてくれます。

そうです。ここでは便宜上『メテオロスケープ』という名前をつけて分かりやすくしましたが、このジャンル自体は、ご存知ポピュラーというのが実際のところです。ただ改めて、僕が好きだったのはこのジャンルだったんだな、と得心したというわけです。

まとめると、風景写真には2通りある。ひとつは、開拓者達がおこなう記録とレポートであるランドスケープ。対して、フォトグラファー達が世界の再発見を紹介するもの、それが『メテオロスケープ』です。

『メテオロスケープ』、どうでしょう?

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